はじめに – クリスマスという残酷な季節

福島清香の「恋人になったら」。このタイトルを見た瞬間、私は胸が締め付けられる思いがしました。「恋人になったら」——つまり、まだ恋人ではないのです。この曲は、恋人同士の甘い歌ではなく、恋人になれない人の、切ない想像の歌なのです。
クリスマスという季節は、恋人たちにとっては特別な日ですが、片想いの人にとっては残酷な季節でもあります。街はカップルで溢れ、「誰と過ごすか」が問われる日。この曲の主人公は、そんなクリスマスイブに、一人で「君」のことを想っています。繰り返される「恋人になったら」というフレーズは、願望であり、妄想であり、そして叶わぬ祈りのようにも聞こえます。

東京都出身33歳。数百曲の歌詞を分析してきた実績を持つ、”裏テーマ発掘”専門ブロガー。表層的な意味に惑わされず、作者の無意識、社会の深層を映す鏡としての歌詞を学術的な視点で考察します。読み終わった後、その曲が別物に聴こえます。
瞬きの間に過ぎる季節と、めくられるページ

冒頭の「瞬きをする間に 過ぎて行く 季節がまたページをめくる」という一節には、時間の速さへの驚きと、同時に何も変わっていない自分への焦りが込められています。瞬きをする間——つまり、ほんの一瞬。そんな短い時間に、季節が変わってしまう。気づけばもうクリスマスで、また一年が終わろうとしている。
「季節がページをめくる」という比喩は、人生を本に喩えています。でも、そのページをめくっているのは自分ではなく、季節——つまり時間そのものです。自分の意志とは関係なく、時間は勝手に進んでいく。そしておそらく、このページには何も書き込まれていないのでしょう。後に出てくる「白いままのページ」という表現が、それを示唆しています。時間だけが過ぎて、関係は何も進展していない——その空虚さが、冒頭から漂っています。
ショーウィンドウに映る、君への想像

「煌びやかな街の中のショーウィンドウ きっと似合うだろうなんて 君のことばかり 心に浮かべてさ」という部分に、片想いの人特有の行動パターンが現れています。クリスマスの飾り付けがされたショーウィンドウを見ながら、「これ、君に似合うだろうな」と想像する。でも、それを買うことも、プレゼントすることもできない。なぜなら、まだ恋人ではないから。
この想像の中の君は、おそらく実際の君よりも美化されているでしょう。片想いの相手は、いつも理想的に見えます。そして、自分が選んだものが似合うだろうと想像することで、束の間、君との関係が近いもののように感じられる。でもそれは、心の中だけの出来事です。現実には、君はそこにいないし、そのプレゼントが渡されることもありません。
恋人になったらという仮定の世界

「恋人になったら」というフレーズが、この曲では何度も繰り返されます。そして、その後に続くのは、主人公がしたいこと、できると思うことの列挙です。「自分より人の事 大事にする君に頼って欲しい」「連れて行きたい場所や 見せたい景色がたくさんある」「サンタの様に夢と 希望を届けて笑顔にできるかな」——これらは全て、仮定法の世界の話です。
興味深いのは、主人公が「君のことを分かっている」と思い込んでいることです。「自分より人の事を大事にする君」という認識、「言葉一つ無くても 考えてる事をお見通し」という自信。でも、その直後に「でも君が欲しいものも分からない」と認めています。この矛盾が、片想いの本質を突いています。相手のことを分かっているようで、実は何も分かっていない。想像の中の君と、現実の君の間には、埋められない距離があるのです。
空けたクリスマスイブと、白いままのページ

「念の為に空けたクリスマスイブ 白いままのページが揺れる」——この一節が、この曲の最も切ない部分だと私は思います。「念の為に」空けた。つまり、もしかしたら君から誘いがあるかもしれない、という淡い期待を持って、予定を入れなかったのです。でも、その期待は叶わず、予定表のその日のページは「白いまま」——何も書き込まれることなく、空白のままです。
この「白いまま」という表現は、二重の意味を持ちます。一つは文字通り、予定が何も入っていないこと。もう一つは、何も進展がない関係性そのものの比喩です。ページが「揺れる」という描写も繊細です。風に揺れているのか、それとも主人公の手が震えているのか。あるいは、涙で歪んで見えるのか——いずれにせよ、そこには空虚さと、それに対する感情の揺れがあります。
居るはずもない君を探す矛盾

「居るはずもない君 探している」という一行は、理性と感情の乖離を表しています。頭では分かっています。君はここにいない。会う約束もしていないし、偶然会えるはずもない。でも、それでも探してしまう。人混みの中で、似た後ろ姿を見ると振り返ってしまう。君の好きな場所に、なんとなく足が向いてしまう。この非合理的な行動が、恋する人間のリアルです。
「雪にはしゃぐ声はBGM」という描写も効いています。クリスマスを楽しむ人々の声が、背景音楽のように聞こえる——つまり、自分はその楽しさの輪の中にいない、という疎外感が表現されています。他人の幸せが、自分の孤独を際立たせる。クリスマスという季節の、残酷な一面です。
会えない時間が膨らませる気持ち

「今どこで誰と何して どんな顔? 会えない時間の分だけ 膨らむ気持ちを 心に忍ばせて」——この部分に、片想いの人が抱える不安と想像が凝縮されています。君は今、どこにいるのか。誰といるのか——特にこの「誰と」という問いには、嫉妬が含まれています。もしかしたら、他の誰かとクリスマスを過ごしているのではないか。
「会えない時間の分だけ 膨らむ気持ち」という表現は、一般的には恋愛の美しい側面として語られます。会えない時間が、想いを強くする——ロマンティックな解釈です。でも、この曲の文脈では、それはむしろ苦しみです。会えない時間が長ければ長いほど、想像は膨らみ、不安も膨らみ、でもそれを「心に忍ばせて」——つまり、表に出すことはできない。告白もできない。ただ、内側で膨らみ続ける気持ちを抱えているのです。
サンタクロースという役割への憧れ

「恋人になったら サンタの様に夢と 希望を届けて笑顔にできるかな?」というフレーズは、主人公が望む関係性を象徴しています。サンタクロース——子どもたちに夢と希望を届ける、無償の愛の象徴です。主人公は、君にとってそういう存在になりたいと願っています。
でも、ここにも微妙な自信のなさが表れています。「できるかな?」という疑問形。本当にできるのか、自分に。そして、「君だけのサンタクロースに立候補」という最後のフレーズ——「立候補」という言葉の選択が、切ないのです。立候補しても、選ばれるとは限りません。他にも候補者がいるかもしれません。君が選ぶのは、自分ではないかもしれない。その不確かさを含んだまま、それでも立候補する——その健気さと、同時に哀しさがあります。
世界の裏側でも飛んでゆくという誓い

「君が寂しい時に僕を呼んだなら 世界の裏側でも飛んでゆくよ 優秀なトナカイも雪をかき分けるソリも ないけど どこにいても会いに行くから いつでも呼んで」——この部分は、この曲の中で最もストレートな感情表現です。
「世界の裏側でも」という極端な表現に、主人公の気持ちの強さが表れています。でも、「君が寂しい時に僕を呼んだなら」という前提条件があります。つまり、君が呼ばなければ、行けないのです。自分から会いに行くことはできない。なぜなら、まだ恋人ではないから。呼ばれることを待つしかない——その受動性が、この関係の本質を表しています。
「優秀なトナカイも雪をかき分けるソリも ないけど」という自嘲的な表現も印象的です。サンタクロースにはなれない。魔法の力もない。でも、それでも会いに行く——その決意は、逆にリアルで、だからこそ重みがあります。
Silent Night と Lonely Night の対比

「silent silent silent night lonely lonely lonely night」というフレーズの反復が、クリスマスソングの定番「Silent Night(きよしこの夜)」を踏まえながら、その静けさが孤独に転化している様を表現しています。聖なる静けさは、一人でいる者にとっては、ただの孤独です。
そして最後の「holy holy holy night」——聖なる夜。でも、主人公にとって、この夜は聖なるものでしょうか。むしろ、試練の夜、苦しみの夜ではないでしょうか。この皮肉な対比が、この曲の切なさを増幅させています。
結び – 叶わぬ「たら」の世界で

「恋人になったら」は、決して叶うことのない仮定法の歌です。歌の中で何度も繰り返される「恋人になったら」というフレーズは、歌が進むにつれて、ますます遠い夢のように聞こえてきます。最初は希望に満ちていたその言葉が、繰り返されるうちに、切なさを増していく。
この曲が描くのは、行動できない片想いの苦しさです。告白する勇気もない、会いに行く口実もない、ただ想像の中で「恋人になったら」を繰り返すだけ。でも、その想像の中でさえ、主人公は君を幸せにしようとしています。「笑顔にできるかな」「寒くて震える日もないよな」——君の幸せを願う、その優しさだけは本物です。
クリスマスという、愛を確認し合う日に、一人で「君だけのサンタクロースに立候補」する——その健気さと哀しさが、この曲の全てです。白いままのページは、今年も何も書き込まれることなく終わるのでしょう。でも、来年のクリスマスには、もしかしたら——その「もしかしたら」だけを抱えて、また一年が過ぎていくのです。


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