童謡『こがね虫』。この歌を聞いたことがある方は多いでしょう。でも、じっくりと歌詞を読んだことはありますか?
「こがね虫は かねもちだ」
冒頭からこの断言。黄金虫は金持ちだ、と。そして延々と繰り返される、同じようなフレーズ。
一見すると、単純な子ども向けの歌に見えます。でも私は、この歌詞の中に、日本人の価値観、幸せの定義、そして分かち合いの精神が込められていると感じるのです。
この曲が作られたのは明治時代後期から大正時代にかけてと言われています。100年以上前の歌が、今も歌い継がれている。その理由を、一緒に探っていきましょう。
「こがね虫は かねもちだ」という、富の象徴

まず、主人公である「こがね虫」について考えてみましょう。
「こがね虫」——黄金虫。その名の通り、金色に輝く虫です。日本では、カナブンやコガネムシを指すことが多いです。
そして「かねもちだ」——金持ちだ。
この「こがね虫」と「かねもち」の語呂合わせが、この歌の基礎になっています。黄金色に輝く虫だから、金持ちに違いない。その子どもらしい発想が、この歌の出発点なのです。
でも私は、ここに深い意味を感じます。
本当の金持ちとは何か?それは、お金をたくさん持っている人でしょうか?この歌は、別の答えを提示しているように思えるのです。
「かねぐらたてて くらたてた」という、繰り返しの意味

次の行で、「かねぐらたてて くらたてた」と歌われます。
「かねぐら」——金蔵。お金を保管する蔵。 「くら」——蔵。米などの食料を保管する蔵。
つまり、金蔵を建てて、(食料の)蔵も建てた。経済的な豊かさと、生活の豊かさ、両方を手に入れたということです。
そしてこの「かねぐらたてて くらたてた」というフレーズの中に、「かね」「くら」「たて」という音が繰り返されています。この音の繰り返しが、リズムを生み、子どもたちが覚えやすくしているのです。
私は、この二つの蔵を建てることに、バランスの取れた豊かさを感じます。お金だけではない。食べ物もある。その両方があって初めて、本当の豊かさなのだと。
「あめやでみずあめ かってきた」という、消費の喜び

そして、「あめやでみずあめ かってきた」。
「あめや」——飴屋。お菓子屋さん。 「みずあめ」——水飴。昔の子どもたちにとって、特別なご馳走。
金持ちになって、蔵を建てて——そこで終わりではありません。飴屋に行って、水飴を買ってくる。
私は、ここに大切なメッセージがあると感じます。
お金を貯め込むだけではない。使う喜びもある。特に、甘いもの、楽しいもの、子どもが喜ぶものを買う。その消費の喜びが、ここには描かれているのです。
そして「みずあめ」という選択も、興味深いと私は思います。高級品ではなく、庶民的なお菓子。でもそれが、子どもたちにとっては最高のご馳走だった。
「こどもにみずあめ なめさせた」という、分かち合いの精神

そして、この歌の最も重要な部分が来ます。
「こどもにみずあめ なめさせた」
買ってきた水飴を、自分だけで食べるのではなく、子どもに舐めさせた。
私は、ここにこの歌の核心があると感じます。
本当の金持ちとは、お金をたくさん持っている人ではない。それを分かち合える人なのだと。
自分だけが豊かになるのではなく、周りの人、特に子どもたちにも幸せを分けてあげる。その行為こそが、真の豊かさなのだという価値観が、ここには込められているのです。
「こども」が誰なのか、明確には語られていません。自分の子どもかもしれないし、近所の子どもかもしれない。でもそれは重要ではなく、むしろ曖昧だからこそ、普遍性があるのです。
繰り返しの構造が示す、循環する豊かさ

この歌の特徴は、同じフレーズが延々と繰り返されることです。
「こがね虫は かねもちだ かねぐらたてて くらたてた」 「あめやでみずあめ かってきた」 「こがね虫は かねもちだ かねぐらたてた くらたてた」 「こどもにみずあめ なめさせた」
そしてまた最初に戻る。この循環構造が、何を意味しているのでしょうか?
私は、これが豊かさの循環を表していると感じます。
蔵を建てる→水飴を買う→子どもに分ける→また蔵を建てる→また買う→また分ける——
この繰り返しが、持続可能な豊かさを象徴しているのではないでしょうか。一度きりの贅沢ではなく、継続的に豊かであり続け、そして分かち合い続ける。その循環が、この繰り返しの構造に込められているのです。
「ひらがな」だけで書かれることの意味
そして、この歌詞の表記について考えてみたいと思います。
多くの童謡がそうであるように、この歌詞は全てひらがなで書かれることが多いです。
「こがね虫」ではなく「こがねむし」 「金持ち」ではなく「かねもちだ」 「金蔵建てて 蔵建てた」ではなく「かねぐらたてて くらたてた」
漢字を使えば、意味は明確になります。でもひらがなで書かれることで、子どもたちにも読みやすく、親しみやすくなる。
そして私は、ひらがなで書かれることで、もう一つの効果があると感じます。
それは、音の楽しさが前面に出ること。「かねぐらたてて くらたてた」という音の連なりが、リズミカルで、歌っていて楽しい。
意味よりも音。内容よりもリズム。それが、童謡の本質なのかもしれません。
なぜ「こがね虫」なのか?——生き物を通して学ぶ価値観

最後に、なぜ主人公が「こがね虫」なのか、考えてみたいと思います。
人間ではなく、虫。それも、黄金色に輝く美しい虫。
私は、ここに日本の童謡の特徴を感じます。日本の童謡には、動物や虫を主人公にしたものが多いのです。「兎と亀」「蟻と蝉」「雀の学校」——。
なぜか?それは、子どもたちに説教臭く教えるのではなく、生き物の物語を通して、自然に価値観を伝えるため。
こがね虫が金持ちで、蔵を建てて、水飴を買って、子どもに分けてあげる——それを聞いた子どもたちは、「金持ちって、そういうことなんだ」と、自然に学ぶのです。
お金を貯めることだけが大事なのではない。使うことも大事。そして、分かち合うことが最も大事。その価値観を、こがね虫という身近な生き物を通して、伝えているのです。
タイトル『こがね虫』が示す、輝きの意味
もう一度、タイトルについて考えてみましょう。
『こがね虫』——黄金虫。
黄金色に輝く虫。その輝きは、何を象徴しているのでしょうか?
もちろん、表面的には「お金」「富」を象徴しています。でもこの歌を通して見えてくるのは、もっと深い輝きです。
それは、分かち合いの輝き。子どもたちの笑顔の輝き。継続的な豊かさの輝き。
本当の金持ちは、お金を持っている人ではなく、それを分かち合える人。その人こそが、黄金色に輝いているのだと。
このシンプルな童謡は、そんな深いメッセージを、繰り返しのリズムに乗せて、優しく伝えているのです。
まとめ:シンプルな歌詞に込められた、豊かさの哲学

今回は、童謡『こがね虫』の歌詞に込められた想いを考察してきました。最後に、この記事のポイントをまとめてみましょう。
語呂合わせから始まる物語 「こがね虫」と「かねもち」の音の類似から生まれた、子どもらしい発想。
二つの蔵が示すバランス 「かねぐら」(金蔵)と「くら」(食料の蔵)——経済的豊かさと生活の豊かさの両立。
消費の喜び 「あめやでみずあめ かってきた」——お金を使う喜び、楽しむこと。
分かち合いの精神 「こどもにみずあめ なめさせた」——真の豊かさは、分かち合いにある。
繰り返しが示す循環 同じフレーズの繰り返しが、持続可能な豊かさの循環を表現。
ひらがなの効果 音の楽しさ、リズムの心地よさを前面に出す表記。
生き物を通して学ぶ こがね虫という身近な生き物を主人公にすることで、説教臭くなく価値観を伝える。
『こがね虫』は、一見すると単純な童謡です。でもその繰り返しの中には、日本人が大切にしてきた価値観——分かち合い、バランス、持続可能性——が込められているのです。
「こがね虫は かねもちだ」——本当の金持ちとは、お金を持っている人ではなく、それを分かち合える人。蔵を建てるだけでなく、水飴を買い、子どもたちに分けてあげる人。
そんな人こそが、黄金色に輝いているのだと、この歌は優しく教えてくれているのです。
100年以上前に作られた歌が、今も歌われ続けている理由。それは、このシンプルなメッセージが、時代を超えて普遍的だからなのかもしれません。
あなたも、「こがね虫」のように輝いていますか?蔵を建てるだけでなく、誰かと分かち合っていますか?この素朴な童謡が、そんなことを静かに問いかけているように、私は感じています。


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