B’z『FMP』歌詞の意味を徹底考察|「I Follow My Passion」に込められた人生哲学

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B’zの『FMP』。このタイトルを見て、あなたは何の略だと思いましたか?

答えはサビで繰り返される「I Follow My Passion」の頭文字です。直訳すれば「私は自分の情熱に従う」。たったそれだけの、シンプルな言葉。でも、このシンプルさの中に、稲葉浩志が伝えたかった人生のすべてが詰まっているように、私は感じます。

B’zといえば、熱いロックサウンドと、時に哲学的な歌詞で知られていますが、この曲はその中でも特に「自分らしく生きること」を真正面から歌い上げた一曲ではないでしょうか。

「がっかりさして忘れられて迷子になる」

冒頭からいきなり、ネガティブな言葉が並びます。でもこの曲は、そこから始まって、最終的には力強い肯定へと変わっていく。その変化の過程を、一緒に追いかけていきましょう。

「自分の相場が上がろうが下がろうが」という、究極の自由

冒頭の歌詞は、こう続きます。

「でもさ自分の相場が上がろうが下がろうが 好きでやるならマイナスはない」

この「自分の相場」という表現が、とても印象的です。

私たちは、いつも誰かから評価されています。会社での評価、SNSでの「いいね」の数、周りからどう見られているか。そうした「相場」を、私たちは気にしながら生きています。

でも稲葉浩志は、「上がろうが下がろうが」と歌います。そんなもの、どうでもいいじゃないか、と。

そして重要なのは、「好きでやるならマイナスはない」という断言です。

これは、単なる綺麗事ではなく、とても深い真理を突いていると私は感じます。好きでやっていることに、失敗はあっても「マイナス」はない。なぜなら、その経験自体が学びであり、自分を豊かにするものだからです。

「なにもかもが眩いトレジャー」という続く歌詞も、この思想を補強しています。好きなことをやっている人にとって、すべての経験は宝物なのです。たとえ周りから見たら失敗でも、本人にとっては輝く財産になる。そんなメッセージが、ここには込められているのではないでしょうか。

「それしかないんよ」という、迷いのない確信

サビで繰り返される

「I Follow My Passion どんな言葉よりそれしかないんよ Why?」

というフレーズには、私は毎回心を揺さぶられます。

「それしかない」——この言い切りの強さ。

世の中には、無数の生き方のアドバイスがあります。「こうすべき」「ああすべき」という言葉が溢れています。でも稲葉浩志は、「どんな言葉より」も、自分の情熱に従うことが唯一の道だと歌うのです。

そして「Why?」と問いかける。なぜそうするのか?理由なんて必要ないんだよ、というニュアンスが、この「Why?」には込められているように感じます。

好きだから。それ以外に理由がいるだろうか。そんな開き直りにも似た確信が、この一言に表れているのではないでしょうか。

私は、この「それしかないんよ」という言葉に、稲葉浩志自身の生き方が重なって見えます。B’zとして30年以上、自分たちの音楽を追求し続けてきた人だからこそ言える、説得力のある言葉だと感じています。

「空想でいいんじゃん」「妄想でいいんじゃん」という肯定の力

この曲で特に印象的なのが、各サビの後に続く

「空想でいいんじゃん」 「妄想でいいんじゃん」 「迷走でいいんじゃん」

という三つの「いいんじゃん」です。

普通、「空想」や「妄想」、「迷走」という言葉は、ネガティブな意味で使われます。現実を見ていない、頭の中だけで考えている、道に迷っている——そんなニュアンスです。

でも稲葉浩志は、それらをすべて「いいんじゃん」と肯定してしまうのです。

私は、この肯定の力に、とても勇気づけられます。

「青臭い思いパンパンに膨らます」という歌詞もそうです。「青臭い」というのは、未熟で理想主義的だという、どちらかといえば否定的な言葉です。でも、それを「パンパンに膨らます」と歌う。恥ずかしがることなんてない、どんどん膨らませろ、と。

「変に見えてもそれが自分の印なんです」という続きも、素晴らしいと思います。他人から見たら変かもしれない。でも、それこそが自分の個性であり、アイデンティティなのだと。

この「いいんじゃん」という言葉の連続が、聴く人に「自分のままでいいんだ」という許しを与えてくれるように感じます。

「昨日を後悔はしないただ学ぶだけ」という前向きな姿勢

曲の中盤で、こんな歌詞が出てきます。

「昨日を後悔はしない ただ学ぶだけ」

この二行に、私はこの曲の核心が表れていると感じます。

後悔しない、ということは、過去の選択を否定しないということです。たとえそれが失敗だったとしても、「あれは間違いだった」と自分を責めるのではなく、「あそこから何を学べるか」と考える。その姿勢の違いが、人生を大きく変えるのではないでしょうか。

そして続く歌詞、

「あっちこっちみんな戦ってるぜ 笑いながら障壁(かべ)を登ろう」

ここには、人生を戦いとして捉えつつも、それを楽しもうという余裕が感じられます。「みんな戦ってる」——自分だけが苦しいわけじゃない。でも、だからこそ「笑いながら」壁を登ろう、と。

この「笑いながら」という部分が、とても重要だと私は思います。苦しみながら登るのではなく、笑いながら。それは、困難さえも楽しんでしまう、情熱を持った人間の姿勢を表しているのではないでしょうか。

「答えはとうの昔に出てるんよ」という、すでに知っている真実

二回目のサビでは、

「I Follow My Passion 答えはとうの昔に出てるんよ Why?」

と歌われます。

「答えはとうの昔に出てる」——この言葉には、ハッとさせられます。

私たちは、人生の答えを探して彷徨います。「自分は何をすべきか」「どう生きるべきか」と悩み続けます。でも稲葉浩志は言うのです。答えなんて、もう出ているんだよ、と。

その答えとは何か?それが「I Follow My Passion」なのです。

自分の情熱に従う。ただそれだけ。シンプルすぎて、かえって見失いがちな真実。でもそれは、実はずっと昔から、心の奥底で分かっていたことなのかもしれません。

私は、この歌詞を聴くたびに、「分かってたのに、やってなかっただけだ」という気持ちになります。答えは外にあるのではなく、最初から自分の中にあった。ただ、それを実行する勇気がなかっただけなのだと。

「右往左往してどっかに辿り着こう」という、迷いさえも肯定する優しさ

曲の最後は、

「迷走でいいんじゃん 右往左往してどっかに辿り着こう」

という言葉で締めくくられます。

「迷走でいいんじゃん」——これが最後に来ることに、私は深い意味を感じます。

情熱に従うということは、真っ直ぐな道を歩くということではありません。むしろ、右に行ったり左に行ったり、迷いながら進むことの方が多いでしょう。

でもそれでいい、と稲葉浩志は歌います。右往左往しながらでも、情熱を持って進んでいれば、「どっかに辿り着く」のだと。

この「どっかに」という曖昧さも、素敵だと思います。明確な目的地を設定しなくてもいい。ただ情熱を持って歩き続ければ、必ず何かに辿り着く。その信頼感が、この言葉には込められているのではないでしょうか。

私は、この最後の歌詞に、完璧主義からの解放を感じます。完璧な計画も、明確なゴールも必要ない。ただ自分の情熱に正直に、迷いながらでも進み続ける。それが人生なのだと、この曲は教えてくれているように思います。

まとめ:情熱に従うという、最もシンプルで最も難しい選択

今回は、B’zの『FMP』の歌詞に込められた想いを考察してきました。最後に、この記事のポイントをまとめてみましょう。

他人の評価から自由になること 「自分の相場が上がろうが下がろうが」好きでやるなら、それは決してマイナスにはならない。周りの目を気にせず、自分の道を行く勇気。

「それしかない」という確信の強さ どんな言葉やアドバイスよりも、自分の情熱に従うこと。それが唯一の答えだという、迷いのない姿勢。

ネガティブな言葉さえも肯定する力 「空想」「妄想」「迷走」——普通ならネガティブに捉えられる言葉を、すべて「いいんじゃん」と肯定してしまう。その包容力が、聴く人を勇気づける。

後悔ではなく学びとして捉える前向きさ 「昨日を後悔はしない ただ学ぶだけ」という姿勢が、人生を豊かにする。失敗も経験も、すべてが宝物。

迷いながらでも進む勇気 完璧な道なんてない。「右往左往してどっかに辿り着こう」という、迷いさえも楽しむ余裕。

『FMP』は、一見シンプルなメッセージの曲です。「自分の情熱に従え」。たったそれだけ。でも、このシンプルなことを実行するのが、どれほど難しいか。私たちは周りの目を気にし、評価を恐れ、失敗を避けようとします。

でも稲葉浩志は、そんな私たちに「いいんじゃん」と言ってくれます。空想しても、妄想しても、迷走しても。好きなことをやっているなら、それはすべて意味がある。すべてが「眩いトレジャー」なのだと。

あなたの情熱は、今どこにありますか?それを追いかけることを、何かが邪魔していませんか?この曲を聴いて、もう一度自分の心に問いかけてみてください。答えは、「とうの昔に出てる」のかもしれません。

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